第五十七回 お内仏の荘厳(繰出位牌)


 前卓から、いつのまにか、漆と金箔の話になってしまいました。ですが、この二つは大谷派の荘厳にとっては、絶対に欠かせないものです。
 いまの時代、幾度も説明をしたように、金箔の下地は漆とは限りません。カシューナッツが発見されるまでは、漆しかありませんでしたが。
 真宗大谷派のお内仏は、この漆の黒色と金箔の金色が大きな特徴です。黒と金がここまで、コントラストとしてはっきり出ているのは、真宗の中でも大谷派だけです。
 西本願寺のお内は、所持されている方は、ご存じですが黒漆の部分は、ほとんどありません。宮殿も金箔一色ですし、足らも漆仕様のところは、見当たらなく、同じく、すべて金箔がはられています。

 今回のテーマ繰出位牌(くりだしいはい 写真)も、この金色と黒色の特徴がきちんと出ております。本来なら、もう少し後にしようかと思っていたのですが、今回、たまたま新品の繰出位牌をお預かりすることになりましたので、その説明に入ろうと思っています。
 まずは先月話したように、この繰出位牌の扉の裏は、本物の金箔のところは少ないです。写真でも見本として鉛筆が映っているところが、よくわかると思いますが、アルミ粉が多少は入った塗料でしょう。結構、仏具の中では大量に生産をいたしますし、扉は手で開け閉めしますので、すれを防ぐため、本物の金箔がこの場所に使ってある繰出位牌はまれです。
 さて、この繰出位牌は正直なことを申しますと、真宗大谷派の正式に認められたものではありません。ですが、本山出版物以外の本では、普通に紹介されています。
 かといって、よその宗派が使われるかといいますかと、まずは使いません。本願寺関係だけです。そのような立ち位置の仏具と思ってください。ですから、一般にあたりまえのように普及されていても、厳しい考えの僧侶の方は認めないこともあります。
 それには、ちょっとした歴史があるからです。
 この繰出位牌、なぜ繰り出しというか理由はおわかりですよね。繰り出しという日本語の意味は次から次へと出すという意味です。(一枚一枚の)木のお位牌に亡くなられた方の命日(めいにち)ごとに(法名・命日・享年等が)、一枚ずつに記名されているものです。今日は母親の命日だから、父親の命日だからと、その都度変えていくのですね。
 禅宗の方は現在ではどうか知りませんが、仏様一人一人のお位牌を持ちます。形状も一牌一牌が、黒色の漆に塗られた表面に、金文字で戒名が掘られております。亡き母の位牌、亡き父の位牌というように。ですから、仏壇の下に、亡くなられた数の位牌が、数牌ならぶことになります。

 本願寺も昔はそのようにしていたのでしょうか。実は違います。江戸時代までは軸でした。京都御本山の紋が入った赤と青の中廻し(ちゅうまわし、表具の部分名、軸の本紙の周りを囲む布地)があり、その中の本紙に、亡くなられた法名を書き込んでいたのです。そのため、お寺は、この法名軸というものを用いておりました。お寺用ですから、一幅に御門徒様の法名を三百名から五百名は書き込みができるようになっております。また、かなり、大きなお寺になりますと、そのお寺の歴代の住職たちのお姿が書き込まれているとこともあります。
 さて、ここからがちょっとしたお話です。この繰出位牌は明治以降に普及したのは間違いありませんが、実は原形があったと説明されております。その原形というのは天牌(てんぱい)です。
 江戸時代には東西両本願寺は藤原摂政関白関係の家(九条家・近衛家)との関係が御座いましたけど天皇家とはさほどのつながりはありませんでした。ですが、以前お話しをした。明治以降、見真大師(けんしんだいし)などの大師号を天皇からいただいたことで、密接な関係ができました。そこで、いろいろな明治政府と本願寺のやりとりがありまして、本願寺のお寺に国から賜ったものが天牌なのです。
 残念ながら、この天牌、写真ではお見せすることができません。恐れ多いのも事実なのですが、やはり、よそ様のお寺のものを勝手に掲載することができませんので。イメージ的には十六菊紋があちこちに彫ってある、屋根や扉がない、幾分細い繰り出し型位牌ですか。
 今繰り出しと書きましたが、この本願寺の当時の各寺に賜られた天牌は中に白木の板が何枚も詰められていた形となっていました。置く場所も決まっていて、宮殿の柱の間に入るような細さです。
 ときの豪農や村長宅にも賜られたそうです。お参りに行くと、大きな家に天牌が残っており、その天牌に自分たちの先祖の法名が記してあるのを見ますけど、それは非常に不敬な行動なのです。今はなんでも許される世の中ですが、天牌というのは、歴代の天皇の「諡(おくりな)」しか決して記してはいけませんでしたから。当時、このようなことが関係者に見つけられもしたら、たちまちに大懲罰でしょう。もし、頼まれたら、磬を説明しお断りするつもりです。
 繰出位牌はちょうど、その明治初期ごろからはやり始めました。実際のところ、江戸時代までは、お寺は寺社奉行(じしゃぶぎょう)の下に管理されていましたので、好き勝手なことはできませんでした。本願寺門徒が過去の法名を記すときは、法名軸しかありませんでした。苗字がなかったころですので、実際のところ、どれぐらいのご門徒が法名軸を用いていたかはわかりませんが。
 このようなことで、京都の御本山のイデオロギー時代に教育を受けられた方や、本願寺の近代史を学ばれている僧侶の方は、天牌と結び付けて、特に繰出位牌を嫌うのです。
 ですが、ほぼ多数のお寺は、ご門徒様方が先祖代々大切につけているものにあやを、つけたくないので普通に応対しております。
 当寺は葬式用の大きな位牌をあずかるときに、繰出位牌の中の小さな板に、法名を書き写すことにしております。ですが、よそ様のお寺には、やはり軸を大切にする方もいます。あるとき、引っ越して来られたご門徒様がご縁によって当寺に葬儀を頼んできました。葬儀も終わって、位牌を預かるとき、「法名軸に書き込んでくれないか」と頼まれました。そのお寺さんは、繰出位牌を使うことをすすめてはいなかったのだと思いました。
 位牌の話も一回では終わりそうもないです。また、機会がりましたら続きをお話しさせていただきます。