瑠璃院 釋尼妙節(奥村節子他界)  R3 1.20

 この度は、年始のお忙しい時期に、令和3年 元旦の夜、10時28分に命終致しました、当寺前坊守、瑠璃院釋尼妙節(奥村節子)のお悔やみ・お通夜・ご葬儀のお焼香に、大変大勢の方に足をお運びいただきました事、深くお礼申し上げます。
 また寺葬の為、葬儀もまた大きな行事となり、寺院関係の式事の方々を始め、総代・女人講、お檀家様係の方を筆頭に、多くの方に御協力を賜りました事、深く重ねて、この場を借りまして、お礼申し上げる次第です。心より、ありがとうございました。

 節子お母様には、義母とはいえ、時には、実の母のように仕えて参りました。このような結果になりました事、素直に、残念でなりません。素直に・・・、これは、私が嫁いで参りまして、最初にお母様から教わった言葉ではないでしょうか。素直に素直に。当時の希望に満ちた私には、素直に取れば、何て最初から嫁を見くびった扱いをした言葉だろうと思ったものですが、本当のお気持ちは、無理をせず暮らして頂戴ね、という、義母としての、最初の愛情のお言葉だったかと思われます。

 3年前に他界されました、前々坊守 無極院釋尼妙典(奥村典子)とは皆様ご周知の通り、大変傍から見る限りでは、仲睦まじく、家庭内でも、常に寄り添い、おしゃべりの絶える事のないお二人でした。そんなに話す事ある?と思うくらい何時もお話ししてばかり。頭の良いお喋り好きのお母様と、大変お人柄の良かった、お話し聞き上手な典子さまの名コンビが、先代住職と共に、この蓮徳寺の大寺を築きあげたのではないかと思われます。

 そのお二人が、この3年の間に、続けて他界されてしまった事は、蓮徳寺にとりましては、大変大きな痛手であり、このお二人に、笑いながら一番大切に育てられた現住職の喪失感は、誰にも想像の付かないものだと思います。先代住職も然りでございます。

 典子お婆さまが、亡くなられて二年、年始の挨拶に、先代が書かれますことは、決まって、御縁となりゆきに任せる・・・ということ。不安に満ち満ちたお言葉にしかきこえませんが、前進あるのみの新坊守、一人ではありますが、何時も味方してくださる先代住職と、年上ながら一生懸命仕えて下さる住職の妹様を心の支えに、(残念ながら住職ではありませんが、そして一変に気の緩んでしまった私ですが)、総代を始めとした、女人講様方とともに、当寺門信徒の皆様方とともに、気持ち新たに精進していきたく思います。

(瑠璃院、生前、食卓に広げて干していた布巾)

 自己に付きまして、皆様の納得、満足のいかない自分であろうとも、今その時その時に出来る事を、精一杯にこなして、頑張っていくしかないかと思われます。

合掌

 また住職に付きましては、なかなか難しいお人柄、皆様にも、頭を抱えさせる事が多い事かと思われます。どうか、蓮徳寺の21代目僧侶として、応援賜れますよう、瑠璃院に代わって、ご挨拶申し上げます。

南無阿弥陀仏

蓮徳寺
坊守 奥村千紗