新型コロナウイルス R2 4.15

 慌ただしいこの時勢、皆様方いかにおすごしでしょうか。
 この度の伝染病の蔓延、未だに終息の兆しがみえません。 秋に控える当寺の法要についても、会議が開けない次第です。

 ですが、もともと、仏事の法要、祭事というのは、この伝染病騒動が初まりなのです。
 古くは飛鳥時代、奈良時代にかけて、かってない疫病がはやりました。遣隋使が持ち込んだという天然痘です。終息には何十年もかかり、大勢の人々が亡くなられました。
 病気でむしばまれるのは人間の身体だけではありません。心まで脅かすのです。
 人々は大恐慌に襲われ、世の中は大騒動になりました。人間不信はもとより、生きていくための争奪等、当時の都は地獄のようになりました。
 聖武天皇は疫病をしずめる願いを込めて、奈良の都に大仏を建立し、全国から僧侶を集めて大法要をしました。当蓮徳寺(当時は円頓院)も天平時代、泰澄和尚により建立されたと伝えられております。

 平安時代にも、芥川龍之介の名著「羅生門」にも書かれているように、大陸からの疫病が猛威をふるい、大勢の人たちが苦しみました。当時の僧や神主たちは、病の沈静化を願い、京の都で大規模な鎮守祭を開くことにしました。それが、今も伝わるインドの祇樹給孤独 園(お釈迦様説法の地)から名前を取った祇園祭です。

 平安末期には私たちの本尊、阿弥陀様が人々の救いのもととなりました。当時は、疫病だけでなく、源平を代表とする武将同士の戦争がまきおこり、それによって大勢の人たちが命を失いました。おそらく、奈良時代よりも悲惨な状況だったと思われます。
 この世は末法(釈迦が入滅して、最初の500年を正法、次の500年を像法、最後の500年を末法と呼び、世の中が滅ぶと伝えられていた)と呼ばれ、人々は自暴自棄になります。
 そのとき、すべての苦しみは南無阿弥陀仏の六文字を唱えれば救われるという浄土思想がはやりました。時の貴族は、阿弥陀様を崇拝し寺院を建立しました。平等院鳳凰堂、中尊寺金色堂等は、その代表たる建造物です。
 親鸞聖人のお教えは、この浄土思想がもととなっております。

 近隣の各寺では親鸞聖人の威徳をしのぶ七百五十回御遠忌法要が行われています。
 そのとき着る稚児衣装、吹奏される雅楽は、神仏ともに使われております。
 法要というのは、この世の平穏を願うべきために行われるものなのです。

 長い文章になりましたが、来たる。十一月八日の法要は、疫病に屈しない証として、是非とも成就できるように心から望んでおります。

蓮徳寺 住職
釋謙堂