ご挨拶  R2 12.20

 今年も、あと少しになりました。
 改めて申すこともありませんが。今年は大受難の年でした。
 約百年ぶりの大型疾病により、皆様の生活は大変なことになりました。
 当初から予定のものは、ほとんどが制限され、当寺の『宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要』も、延期となってしまいました。
 今、百年という言葉が出ましたが、この言葉の表す意味は、当時も今回と同じようなことが起きたということです。そのとき、聖人の『六百五十回御遠忌法要』を計画されていた寺院の皆様方は、いかがな気持ちで迎えていたのでしょうか。
 すべては、御仏にお任せという、南無阿弥陀仏と言う言葉で受け止めたのでしょうか。
 もともと、仏教には平家物語の書き出しで有名な諸行無常という言葉があります。簡単に説明をしますと、同じことは続かない、変事は必ず起きる、という意味ですね。
 『おごれるものは久しからず』の言葉通り、形があるのは壊れるのが当たり前、年月をへたら劣化することも当たり前、私たちはそれに抵抗しようとして悩んだり苦しんだりするのです。
 また、百年前の話に戻りますが、そのころの我が国は、もう一つ、二つの大きな世界大戦の狭間でもありました。軍事産業で一部の人たちは益を得ていましたが、一般の人たちは、スペイン風邪と、また戦争が起きるであろうという予感におびえていました。
 平家物語の年代は、保元・平治の乱と源平合戦という大きな合戦の合間です。人々の心は、よく似ていた状況だったかもしれませんね。
 その平安末期には末法思想というものがはやりました。前回も説明をさせていただきましたが、正像末の末法ですね。釈尊が入滅されたから最初の五百年がを正法、次の五百年が像法、そのあとの五百年は仏の力が忘れられ、世の中が混乱するという教えです。
 戦乱と疾病に絶望を感じた人々は、南無阿弥陀仏にすがり、それが、わが浄土真宗が日本に布教された礎となりました。

 さて、当寺の親鸞聖人の御遠忌は延期となりましたが、もともと、このプログは、この御遠忌の啓蒙を目的として立ち上げたものです。
 思えば約三年ぐらい前ですか、このホームページを立ち上げたときのことを思い出します。使い古された言い回しですが、初めて子供が生まれた感じといいますか、どのように育てていこうか、どのようにそれを伝えようかという。
 しかし、先ほどの諸行無常、末法の話でもないですが、月日がたつと、最初の感動もうすれさるものです。
 特にこのブログは、毎回、格好をつけると言いますか、何か最もらしい格言をまぜながら、相手に、そうなんだと思ってもらおうという意気込みばかりが先走りしてしまって、今も、草稿をしたためながらも、これで大丈夫か、話の内容が安易じみていないかと、ヒヤヒヤしている次第です。
 新しい日程は令和四年春ということになりましたので、まだ、しばらくは精進が続くこのごろです。

蓮徳寺