親鸞その2 R2 5.15

 また、親鸞程、他人に対していばらなかった人はいないと思います。

 歎異抄の中でも「親鸞は弟子1人持たずそうろう」と述べて、自分は師ではあり得ないと否定されています。そして晩年には、自らを愚禿親鸞、(愚か者の禿げ)と名のって居られます。そこには、徹底した自己への覚醒があると思います。欲の深い、怒りと愚痴に満ちた自己の愚かさに気付かれた境地ではないでしょうか。

 私は自己を、上・中・下と三分類で評価すれば、何も悪いことをしていないと、迷惑をかけていないので、中の上ぐらいの人間と思っていますが、親鸞は自己を下の下の人間と言い切っておられます。すごい人ではありませんか。

 私も自己の煩悩(汚い心)に気付く眼を、温めていきたいものであります。

蓮徳寺
前住職 釋時中